アラサーの独り言

餃子とビールとJEEPを愛する平成生まれの元広告マン、現海外事業コンサルタントの雑記。

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14歳の時に、ブラジルで感じた空気と価値観

僕が人生で初めて海外に行ったのは中学生のとき、行き先はブラジルだった。

 

初めての海外でいきなり21時間のフライト。

 

サッカーの試合や練習場への移動で、地下鉄やバスの乗り換えは小学生のときから手慣れたものだったが、入国審査をしてアメリカで乗り換えてブラジルに行くのは訳が違った。

 

機内が退屈すぎて映画も何本見たか覚えていない。

 

ブラジルの文化は当然だけど日本とはまるで違った。

 

13年経った今でも、入国して空港のエントランスを出たときに初めて吸ったブラジルの“空気”を思い出すことができる

 

思春期の僕にとって、ブラジルでの人生初めての海外滞在はかなり刺激的だった。

 

普段見ていた世界と180度違う世界が目の前に現れて、僕の中で何かが“弾けた”

僕が日本で見ていた学校の授業、挨拶の仕方、電車の乗り方、街並み、疲れたサラリーマン、喫煙所でタバコを吸う大人、350缶を毎日3本は飲む父と母。

 

幼いなりにも積み上げてきた僕のアイデンティティは、ちゃぶ台の如くひっくり返された。

 

炭酸はスポーツ選手に良くないという教えられていたし、食事のときは水かお茶を飲むのが良いと教えられていたのに。

ブラジルの人達、みんなファンタとガラナ飲みまくってる。

なのに、日本人の僕より身体は大きくしなやか。

 


それまで僕がしていた“普段のレール”から外れる行為は、精々通学路を寄り道して知らない道や建物を発見するくらいだった。

日常のレールからの脱線がいきなりブラジルなのはファンタジー過ぎた。

あの頃の僕はとても活き活きしていた。

クラブで踊り狂うパーティーピーポーよりも、僕の心の方が踊っていただろう。


あぁ、こんなにも違う価値観が世の中にはあるのだ。

リアリティーが全く無かった地球の裏側の世界を目の前にして、当時の僕はめちゃくちゃに興奮した。

 


中学3年生のとき。
僕と同じサッカーチームにいた仲が良かった奴が、虐められた。

 

軽いノリで始まった中学生のデリカシーを欠いた弄りが徐々にエスカレートし、虐めへと発展した。

 

彼がその虐めを大人達に告発したのは、ブラジルから帰国してすぐだった。

それまで大人しくて自己主張を避けてきた彼が、自分の想いを周囲にぶつけていた。


彼も異国の空気を吸って、心が大きく揺さぶられ、きっと何かが弾けたんだろう。

 

彼は後に、全国大会出場が懸かった決勝戦で値千金の決勝点を決め、新聞にピースサインがデカデカとのり、全国大会出場への立役者となる活躍を見せる。

 


広告代理店で働いていた頃、365日を殆ど“同じレール”の上で過ごしていたことにふと気付いて、ゾッとしたことがある。

毎日同じ電車に乗り、同じ人に会い、同じ店に行き。
ぼくは想像以上に狭い世界で生きていた。

 

考え方や佇まい・行動は普段所属する環境、特に会社にかなりの影響を受ける。

違う価値観に触れることが減ってくると個人として代謝が悪くなっていくんですよね。

 

広告会社の代謝が悪いのは、広告会社しか経験していない人達が上層に溜まっているからかもしれないなー。

 

意識的に“日常のレールから脱線”して、新しい価値観や文化をインプットすることが大切だと、最近感じています。

 

広告代理店の退職日、会社のビルの入り口を出たとき、ふと僕はブラジルのことを思い出した。

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