EZO TIMES

餃子とビールとJEEPを愛する平成生まれの元広告マン、現海外事業コンサルタントの雑記。

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30歳で無職になった上司。34歳で転職した課長。

僕にとって初めての上司

新卒で入社した広告代理店で、僕は営業部に配属された。
当時僕がいた営業部には6名の部員がいた。

 

僕の直属の上司となったのは28歳の男性だった。

かなり変わった人だったけど、面倒見は良い人だった。

 

当時、彼が自分の上司や会社に対して溜まっていた不満の捌け口が、僕だった。

 

仕事終わり、毎週のように彼とは飲みに行った。
僕がお金を払ったことは、恐らく一度もない。

 

大手の代理店だと担当クライアントをいくつか任せられることが多い。

僕が新卒で入った会社は大手では無く小規模の会社であったため、個人の営業数字の要素が非常に大きかった。

 

彼の営業成績はトップだった。

 

当時、会社の経営や評価方針に対して社内から多く不満がでていた。

昇給が殆ど見込めなかったことや、会社の将来に対しての不安感が漂い、僕も含め退職を検討する人がいた。

 

僕が辞めた確か半年後に彼も退職し、別の広告代理店へと転職した。

僕と同じく、広告業界内でのステップアップになる転職であった。

 

彼が転職してから約1年後に、元々いた会社の部長から彼の近況を聞いた。

 

仕事でミスが重なり上司から怒鳴られる日々が続き、心を病んで会社を退職してしま

ったらしい。

 

彼には奥さんと、子供が2人いた。
その頃、奥さんは3人目の子供を妊娠していた。

 

たまに電話が来て、良く僕の近況を話す。
彼のその後の仕事については一度も話していない。

 

 

僕も広告代理店を退職した時は、次の職場が確定していなかったから、一時的に無職になった。

あの時、僕に奥さんと子供がもしいたら、今とは違う道を選択していたかもしれない。


医療・介護用品の営業に転職した34歳の課長


新卒で入った会社で、当時の課長も転職をした。

 

転職先は、医療・介護用品の営業。
彼にも、奥さんと子供が2人いた。

 

当時、営業成績が芳しく無かった彼は、営業会議でも非難されることが増えていた。

 

僕が初めて新規開拓した営業先の仕事で、僕の不手際により一度トラブルが起き、深夜まで会社に残る日々が一時期続いた。

 

課長とは2人で飲みに行ったことはたぶん1度も無いし、普段あまりコミュニケーションをそれまで取っていなかった。

 

課長は自宅が遠いから、朝早く会社に来ていた。

当時、僕が朝会社に行くと毎日のように付箋のメッセージとオロナミンCが置かれていた。

 

 

営業会議では、相変わらず部長や社長からも詰められていた。

あの時してくれた彼の気遣いは、ずっと僕の記憶に残り続けると思う。

 

彼が退職するとき、一度だけ2人で飲みに行った。

家族のため、少しでも給料が上がるところに転職すると、古びたバーのカウンターで煙草を吸いながら言っていた。

 

課長が辞めてから、直接連絡は一度も取っていない。

 

1年以上たってから、ふとfacebookを見ると、彼が会社の上司にタグ付けされてタイムラインに出てきた。

イベントブースで彼が仕事してる様子が見切れていた。

 

介護用品をスーツの上から装着して、笑顔で話している様子の彼の顔が写っていた。

彼が優秀なのかどうかは、僕にはわからない。

 

色んな働く人を見てきたけど、彼は最高の仕事人だと思う。

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