EZO TIMES

餃子とビールとJEEPを愛する平成生まれの元広告マン、現海外事業コンサルタントの雑記。

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「お世話になっております」はもうビジネスメールにいらない。 “失礼”と感じるのは老化と時代遅れの合図?

もうビジネスメールの「お世話になっております」は不要?

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日本には独特のビジネスマナーや商習慣が多い。
一々メールに「お世話になっております」と入れたり、未だにスーツにネクタイを必ずしなければいけない人がいたり、電話取るたび「お電話ありがとうございます」と言ったり。

 

僕は仕事柄、海外は特に中国の方と仕事をすることも多いです。
中国は日本とはまるで違う社会の文脈で、近年は急速にイノベーションが起こっている。


日本ではキャラクターをパクったりマナーの悪さ、白タクなどネガティブな報道の仕方が目立つ。
でもイノベーションではもう日本は中国に圧倒的に遅れをとっている。

その原因の一端が、日本の古いビジネスマナーや商習慣にあると最近感じる。

 

日本で重んじられる「礼儀」は、時に仕事のスムーズな進行を阻害したり、アウトプットの質を下げることもある。


未だに会議中にスマホをいじることに違和感やマナーの悪さだと感じたり、メールの方が円滑なこともわざわざ電話かけて相手の時間を奪ったり。

全てを否定するわけでは無いし、TPOに応じて使い分けるのが前提なのだけど、日本はやっぱり古い体質のまま仕事をしているところが非常に多い。
そして、そういう企業からはやっぱりイノベーションは生まれないし、業績は伸びない。


代謝の悪い組織にいると、凝り固まったとても狭い価値観やルールの中だけにいるから、気付いたら成長は止まるし会社も個人も淘汰されていく。
古い体質に拘泥した日本企業の平成元年からの帰結が、この時価総額ランキングの変遷にも現れている。

 

“失礼”と感じたら、それはあなたが老いて時代から取り残されている危険信号かも。

失礼という言葉を使うのは、大抵年配の人や目上の人が、年下や社会人キャリアが浅い人たちに対して使うことが多い。
今、失礼という言葉を使い出したら、それは老化の合図かもしれない。


「失礼」て思うのは、自分自身の価値観を相手にこうあるべきって考えを押し付けてるからこそ感じる感情。起きた現象や世の中の変化に対して自分の理解が追いついていないだけかもしれないから。

自分が見ている景色は、世界の極々一部だ。
ビジネスだと、一つの会社の文化や常識はあまりにちっぽけで、そこに拘泥してアップデートしなくなるのは老いの始まり。

 

日本の古い商習慣だけを踏襲していたら、時代遅れになるのは当たり前。
いろんな価値観に触れて、価値観を日々更新し続けることを意識しないと、社会人はどんどん老化していく。

 

日本とのギャップに驚くことが多いけど、中国人のビジネスから学ぶことは非常に多い。
凝り固まった常識に捉われて他人に失礼な感情を抱いたときは、それは常識ではなくて“偏見”かもしれない。
他人に失礼と感じたら、それはあなたが時代遅れだというサインかもしれない。