EZO TIMES

餃子とビールとJEEPを愛する平成生まれの元広告マン、現海外事業コンサルタントの雑記。

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メールと電話の使い分けについて

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2.000年と比較して2020年の情報量は約6000倍にもなるらしい。

 

6000分の1だった2000年頃は、身につける物や所属する会社名がアイデンティティになる、画一的な時代だった。 

 

情報爆発した現代は、生き方ややりがいに価値の多くが変遷して、趣味思考も多様化している。

そのうえ、ネットの進化は日々進み世代によって日常で触れる情報がかなり乖離する。

 

仕事を通じても最近感じるのが、「固有名詞の捉え方」が乖離していることだ。

 

これが世代感で異なるレベルならまだ良いのだけど、言葉の余白を読み取れない新卒の子が僕の周りにもいる。

「受け応え」がそもそもできない人がいると、教育も糞も無くなってしまう。

 

メールと電話の使い分け

先日、自動車保険の契約更新について保険会社の担当者とのやりとりがあった。


僕の担当の肩書きは「部長」で、声音からして明らかに年配者だった。

 

僕が海外に行くので電話でのやり取りは難しいのでメールの方がスムーズだと事前に伝えていた。

 

にも関わらず、一日に5.6回も電話を掛けてきて、挙げ句の果て、電話が繋がらないので至急連絡下さいと郵送で手紙まで送ってきた。

これにはさすがに絶句した。

 

その手紙が届いた時には、既に保険会社に連絡して手続きを済ませていたのに。

たぶんパソコンもロクに使えないし、デジタルとは一切無縁の生活を送っているのだろう。

 

双方のストレスが無いようにコミュニケーションするのが気遣いなのに、一方的に電話や手紙を送りつけてくるのはある種暴力に近いと僕は思う。

 

自分の都合の良い時に、都合の良いツールで連絡するのは良い大人のする行為では無い。